なぜ鍼灸師になったのか?②

なぜ鍼灸師になったのか?なぜ東洋医学に出会えたのか?を改めて自問してみました。

そもそも特に東洋医学に傾倒していたわけではなく、ごく普通に病気になれば病院に行き薬を飲んで養生するという生活を送っていました。

いま振り返ると、東洋医学との出会いは子育て中の不自由さにありました。

自己紹介でも述べた通り、特に子育て中は満身創痍であり、365日24時間休みなし、という余裕のない日々を送っていました。当然、病に伏すことも多かったと振り返ります。

病気になっても最低限の家事と子供達の世話は代わってもらえる人がおらず、病院に子連れ受診でするわけにもいかず、家のなかで完結する自然療法を模索していたことが東洋医学との出会いと言っても過言ではありません。

自慢には値しない話ではありますが、肺炎、尿路結石、迷走神経反射、など病気になる度にできる限り病院に行かずに自然療法によって治癒していました。

特筆すべきは、3人目の妊婦検診の際に医者から「子宮内胎児発育遅滞(IUGR)」と診断され入院を勧められたことです。

IUGRとは何らかの理由で子宮内での胎児の発育が遅延あるいは停止したために、在胎週数に相当した胎児の発育が見られない状態をいいます。母体管理、治療のために入院して経過を見ていく場合も多くあり、状況によっては帝王切開で分娩の後、新生児集中治療室(NICU)を併用する高次治療施設での妊娠管理が必要となります。ですが、そもそも、私は第1子から病院出産ではなく助産院の畳の上での出産を希望していた為、また上の子二人はまだ幼く、預け先も無い為、入院しての病院出産はできる限り避けたい状況でありました。そんな、八方塞がりのなか、鍼灸に委ねることを思いつきました。

当時の鍼灸師の診立ては気血不足。胎児に酸素と血液が循環していない、とのこと。鍼灸治療を始めて、一気に気血が巡り始め、わずか一週間で胎児の成長曲線に乗ることができ、そして、無事に助産院の畳の上で第三子を出産することができました。

尿路結石に関しては七転八倒の末に病院に受診し、医師から入院して体外衝撃波結石破砕術(ESWL)を勧められました。ですが、やはり幼い子供達を置いてはどうにも入院できないと丁重にお断りし、当時幼稚園だった長女と2歳の長男と一緒に毎日縄跳びをして無事に結石を排出した経験を持ちます。

振り返ってみると、このように当時の不自由な子育てのお陰で、そんな境遇が故、東洋医学と出会うことができて本当に幸運だと感じています。

また、子供達の預け先が無かったので、子連れで参加できるものには積極的に参加していて、託児サービスつきの講演会には必ず足を運んでいたこともいたことも礎となりました。

今は亡き、東条百合子先生、真弓定夫先生の講演は今でも心に残っていおり貴重な経験です。

「買ってはいけない」の著者渡辺雄二氏、自然派栄養士の幕内秀夫氏、自然派医師の内海聡氏、などの講演も印象深いです。

また、日本人女性初のジャーナリストである羽仁もと子(明治生まれ)創設の婦人友の会の会員となり活動し、主に自然派の食作りを学べたことも支えとなりました。

そんなこんなで、子育て中は自然の有難さを実感し体感してきました。

そして、そして、幸運なご縁がありまして、この板橋の地で自然堂の看板のもとに施術者として勤務に至るわけですが、①なぜ鍼灸師?でも述べたように患者様と相対することのできる位置にいることに日々感謝しかありません。

自分のこれまでの経験も併せて、自然堂に訪れる患者様に喜んで頂けるよう、日々研鑽を積んでいきたい所存でおります。

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